ゲイだから余計気になってしまう自分の体型

自分の体型、他人の体型

あなたは毎日、自分の体を鏡でチェックしますか?

実際、意識的にチェックするつもりはなくても、結果そうなってしまっていることもあります。例えば、お風呂場に鏡があれば、見たくなくても自分の体が目に入ってきます。ただ、鏡に映る自分を見て「腹がやばい。でも胸いい感じかも」とか「足が短い。でも大臀筋は仕上がってきてる」といったように、少しナルシストな面もありつつ、自分の良い所を探したりするものです。でも、この行為は悪い所だけに目を向けるより良いことですよね。

マッチョ至上主義と言われることもあるゲイの世界の中で、多くのゲイは理想の体型を求めてジム通いをしています。私もそのひとりですが、学生の頃の理想は若かりし頃のマーク・ウォールバーグ。彼のような体型になりたいと思いトレーニングをし始め、その頃はどちらかと言うと外見のためにトレーニングをしていましたが、今は年数回出場している大会での完走や怪我をしないためにトレーニングをするようにしています。今でもSNSなどでガタイの良いメンズを見にすると「格好良いな〜あんな感じにゴツくなりたいな〜」とは思いますが、怠惰な自分がそこまでストイックにできるわけでもなく、「あんなに筋肉があったら逆に走れない」と自分に言い聞かせたりします。

年齢とともに体型は変化するもので、10代、20代の頃のベストな状態を30代、40代と維持することは不可能に近いですし、それができたとしてもそのためにはかなりの努力が必要となります。ただ、自分の体がだらしないのだけはどうしても許せなかったりします。私の場合は年齢に応じて自分の中の最低条件を設け、その条件を満たすようにトレーニングの量を調整しています。と言っても、その条件はそれほど厳しいものではなく、例えば「体重は70キロ代」、「腹筋は脂肪はのっているけれど割れている」、「適度な胸筋」といった大雑把なものなので、そこが自分にとって許せるライン、平均的な体型との境界線となっています。

自分の体型を他人と比べると自分の欠点ばかり目を向けてしまいますが、他人の体型の欠点はそれほど気にならないものです。というのも、欠点を見つけてその赤の他人にマウントをとったとしても、結局自分の体型が変わるわけでもなく見たまんまだからです。

若かりし頃の体型や過去の栄光を取り戻すための過度なトレーニングや、一時的な集中トレーニングは体に負担をかけてしまうことにもなります。「トレーニングなんて無駄だからやめろ」というわけではなく、継続できるような無理のないトレーニングをしていったほうが外見的だけではなく、内面的にも健康な状態になるのではないでしょうか。どんな体型であっても重要なのは健康であることです。

下記の記事を参考に、新年からの体づくりについてこの機会に見直してみてはいかがでしょうか?

自分の体型が平均的なのはちょっと

実のところ、出会い系アプリでは容姿が重要である。あなたがどんなアートシアター系の映画に興味があるのか、どんな本を読んでいるのか、どんな仕事をしているのかを気にする人は誰もいない。我々は即座に容姿だけで判断しているのである。我々の体は本質的には「貨幣」なのである。お互い通じ合えるかどうかで決まるのである。

多くのゲイの男性のように、私も自分の「貨幣」である体に折り合いをつけるのに長い時間がかかった。自分の体を鏡で見て、目につくのは欠点だけであった。私は自分のお腹でそれを判断していた。髪の毛の生え際を昔と比較するようなこともあった。小さな肌の傷や欠点を目を向けていた。嫌悪感、恥ずかしさ、自己嫌悪の波に襲われた。なぜ自分はGrindrで目にするような外見ではないのだろうか?

今は自分のことをイケメンだと思っているが、皆が自身の「貨幣」を維持するために可能な限り完璧に見えるようオンライン上で自分自身を演出していたということに気が付くまで少し時間がかかった。もし多くの非の打ちどころのない胴体を目にして、「自分とは全く違う!全然イケてない!」と思ったとしても、あなただけがそう思っているわけではありません。覚えておいてほしいのは、何がイケてるかの基準は完全に偏っているということである。もしあなたが常に他人のベストな状態(中には5年から10年前のもの)とだけ比較しているのであれば、劣等感を感じるようなわなに陥りやすいであろう。

自身が心理セラピーを行っている中で気がついた興味深いことのひとつは、多くのゲイの男性は自分自身に対する判断基準ほど厳しい目では他人を判断していないということである。彼らはむしろ「平均的」な男性に惹かれているが、自分の体が「平均的」であるということは受け入れたくないのである。ここには明らかにダブルスタンダードが存在しているのである。我々は手に入れることができない完璧さという考えに囚われていおり、その一方で他人にはそのままであることを受け入れ、不完全さを称賛さえすることもある。

では、どうしたらまた鏡と仲良くなれるようになるだろうか?

まず第一に、いかなる「完璧さ」をも維持しようとする考えを捨てることが不可欠である。魅力というものは主観的なものであるため、誰一人として完璧な人はおらず、このコンセプト自体が幻想なのである。ある人にとってイケてることは他人にとってはどうでも良いことでもある。容姿という点においては我々すべてに賛否がある。あなたの長所に感謝することに重点を置き、それらを自分のプラスになるように取り組んでみたらどうだろうか。

また、あなたが自分を見ているような目で他人はあなたのことを見ていないといことを知っておくべきである。世の中にはあらゆる種類の様々な好みをもった男性が存在し、熊系、トゥインク、子熊系、カワウソ系などの彼らを支えてくれるコミュニティーがある。もしあなたが提供すべきことを受け入れるようになれば、他人も同じようになるであろう。受容についてポジティブなメッセージを自分自身に向けて送れるように訓練してみてはどうだろうか。

私の最後の論点につながるもの:あなたはその人が典型的なモデルのような容姿ではないのに、自信をもって振舞っていることでとても魅力的に思うようになっていることに気が付いたことがあるだろうか?自信の満ちたオーラを持っていることはセクシーであり、通常なら7くらいだと思っていたものが10に思わせてくれることもあるのである。

自分を愛し、受け入れることを訓練することで、あなたの自信は他人があなたのことをどう見ているのかということへと広がってくるでしょう。もちろんこれは簡単なことではないが、セラピストと話をすることが重要な最初のステップになることもある。

関連記事:I’m attracted to “average” guys, but the thought of my body being “average” is unacceptable

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